2005.07.12.(TUE)

Aiichiro Kohno

今日の要点 No.11 『イスラムA』

 

1 ________朝の滅亡 ― 十字軍とモンゴルの侵入

 

    十字軍

・・・__________によってビザンツ帝国の小アジアや聖地________が奪われる。これらに対し、ローマ教皇_________は1095年の_______公会議において聖地奪還への大遠征が決定され、翌年の1096年に第1回十字軍が行われた。 → 聖地を回復し、________王国を建国。

 

@    アイユーブ朝(1169〜1250)

・・・_______派

建国者;___________

・・・クルド人(______系)の武将。_________朝を滅ぼし、エジプトを支配する。_________を回復し、シリアにも領土を広げる。第__回十字軍と戦い、敵軍からもその勇武と寛容に対し賞賛される。

    第__回十字軍

・・・英仏独の連合軍。仏軍は途中離脱。独王_________は戦う前に溺死。________は英王________と戦う。

 

A    マムルーク朝(1250〜1517)

建国;______出身の軍司令官のクーデターでアイユーブ朝を滅ぼす。

・・・_______系_______派、エジプト・シリアを支配。首都_____は国際交易の中心として発展する。13Cにイスラム社会に進出したモンゴル勢力の征服を阻止し、十字軍勢力を中東から駆逐する。

    商業の発展:_______商人

・・・地中海とインド洋を結び、香辛料貿易を独占する。

    衰亡

1509 大航海時代が始まった________の艦隊に________で破れ、_______海の制海権が奪われる。

1517 __________の________により征服される。

 

B    イル=ハン国(1258〜1353)

・・・________系________派

建国者;_______、都;ダブリーズ

・・・_________朝を滅ぼして建国する。マムルーク朝にも攻め上るが、アインジャールートの戦いで撤退する。

最盛期;__________

・・・イスラム教を国教化。イラン=イスラム文化の成熟期。

 

 

2 北アフリカ・イベリア半島の変遷

 

    _______人

・・・ハム系。現在はアルジェリア北部のアトラス山脈付近に居住。

 

@    ムラービト朝(1056〜1147)

・・・______人の王朝。モロッコの______を首都とする。エジプト以西の北アフリカ、イベリア半島を支配。南征し、_______王国を滅ぼす。

 

A    ムワッヒド朝(1130〜1269)

・・・______人の王朝。______を首都。ムラービト朝を滅ぼす.イベリア半島では________が開始され後退する。

    ________(〜1492

・・・キリスト教徒によるイベリア半島でのイスラム勢力駆逐運動

 

B    ナスル朝(1230〜1492

・・・イベリア半島最後のイスラム王朝。首都;_______。

・・・学芸を保護し、_________宮殿を建設。キリスト勢力の________に敗れて滅亡し、イベリア半島のイスラム支配が終結する(1492

☆同年に________の_________がアメリカ大陸到達。

 

 

3 イスラム文化@

 

特色

    ヘレニズム・ペルシア・インドなどの文化遺産を取り入れ独自の文化を形成

    バグダード、コルドバ、カイロを中心とした都市文明

神学

カザーリー

スンナ神学とスフィズムを融合

法学

イスラム法=シャリーア

歴史学

イブン=ハルドゥーン

『世界史序説』

哲学

イブン=ルシュド

アリストテレス哲学の研究

『医学大全』(12C、ムワッヒド朝)

医学

イブン=シーナー

『医学典範』(10〜11C、サーマーン朝)

数学

アラビア数字

化学

錬金術の研究

地理学

イブン=バットゥータ

『三大陸周遊記』(モロッコ)

文学

フィルドゥシー

『シャー=ナーメ(王の書)』(ガズナ朝)

オマル=ハイヤーム

『ルバイヤート』(セルジューク朝)

ラシード=ウッディーン

『集史』(イル=ハン国)

カザン=ハンの下で宰相を務める

研究機関

アズハル大学(カイロ)

ニザーミーヤ学院(セルジューク朝)

建築・美術

ドーム・ミナレット(尖塔)によるモスク

アラベスク(幾何学模様)、細密画(ミニアチュール)

アルハンブラ宮殿、岩のドーム(エルサレムのモスク)

 

 

4 イラン地域などの変遷

 

@ティムール帝国(1370〜1500)

・・・________系の________王朝

 

a)建国・最盛期;ティムール

1370 モンゴル貴族のティムールが西チャガタイ=ハン国から自立して建国。

     都;________ ・・・ 西トルキスタン

1393 イル=ハン国を併合

1395 北方のロシア(キプチャク=ハン国)を攻撃

1402 小アジアに侵入、________の戦いで_________率いる__________を撃破

    ティムールは明への遠征途中に病死

 

b)ウルグ=ベグ ・・・学芸振興

 

c)滅亡 ・・・________族の侵入による

 

Aサファヴィー朝(1501〜1736)

 

a)建国者;___________

・・・________族を追い払い、_______系______派(十二イマーム派)の民族王朝を建国。王号として、『_____』を用いる。首都;________。

 

b)最盛期;___________

・・・__________に遷都。___________よりアゼルバイジャンとイラクの一部を奪回。ポルトガルより________島を奪う。

 

c)滅亡

・・・________人の侵入による → アフシャール朝へ

 

Bカジャール朝(1796〜1925)

・・・_______系_______派。欧米列強の帝国主義により、______・________の抗争の場となる。

 

Cウズベク族の王朝

・・・_______、_______、________の各ハン国。いずれも______朝の______に併合される。

 

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